老舗洋食器メーカーのニッコー株式会社が2021年4月、食のサステナブルに関する情報を扱うオウンドメディア「table source」をスタートさせました。陶磁器事業を中心に創業から113年の歴史を持つ同社が今、オウンドメディアを立ち上げた理由とは――。ローンチの背景や経緯、運営体制、「table source」が目指すビジョンなどについて、同社・常務取締役の三谷直輝さんに話を聞きました。
目次
オウンドメディア立ち上げの経緯:飲食業界を取り巻くコロナ不況とサステナビリティ
2021年4月にローンチされた「table source」。三谷さんは、立ち上げの背景について飲食業界を取り巻く環境の変化を挙げます。
▼ 食のサステナビリティを支援する「table source」(同社提供)
「陶磁器業界は現在、斜陽産業です。30年前から比べると需要は約9分の1。そこに新型コロナウイルスの影響も加わり、外食産業全体は大きな打撃を受けています。飲食店の売上とホテルの稼働率は共に、コロナ前の5割ほどに減少しました。
我々の陶磁器の主力製品・ファインボーンチャイナは白くて透光性が高く、また、素材の開発から釉薬(ゆうやく)の収縮率まで計算し、業務用として十分な強度と耐久性を備えていることが特徴です。薄さと白さを兼ね備える当社のお皿は、世界中のシェフの方に愛用していただけるようになり、ここ数十年、ホテルやレストランが主要な取引先でした。
この厳しい状況の中、陶磁器事業やニッコーという企業としての存在意義に改めて立ち返りました。これまで通り、お皿をつくって販売するだけで果たして良いのだろうかと。もっとやれることはないのかと考えた結果、オウンドメディアに行き着きました」
「table source」は“飲食店のサステナブルな未来をつくる場所”を掲げ、食のサステナブルに関するさまざまなトピックを紹介しています。
「飲食業界は以前にもましてサステナビリティが求められています。ですが、サステナブルという言葉だけが先行して、実際には何をやるべきなのか分からずに困っているという話を、取引先のホテルからもよく聞いていました。一方で、食に関するサステナブルに特化したメディアはなかった。だったら我々がつくってしまおうと。それが『table source』です。ここで知識を吸収していただき、本質的なサステナブルの取り組みに変換していただきたいと考えています」
ニッコーは「table source」の立ち上げ以前から、サステナビリティ活動に取り組んできました。理由には、環境破壊によって危ぶまれる豊かな食を守ること、食器づくりに必要な原材料の枯渇があります。今後は生産者・シェフ・飲食店など、食に関わる全ての者がサステナブルに取り組む必要があると指摘します。
「直線型なリニアエコノミーから循環型のサーキュラーエコノミーへの転換が必要です。まさに食器はリニアエコノミーで、資源を調達して、製造して、廃棄するという一方通行の経済に収まってしまっています。究極は廃棄ゼロを目指したいのですが、今できることとして、リペアやリサイクルに加え、廃棄されるお皿を他の用途で活用することも検討しています」
▼ リニアエコノミーとサーキュラーエコノミーのバチューチェーン(同社提供)
オウンドメディアの目標と影響:3年後のボリュームと営業シーンへの活用
「table source」は構想からローンチまでに約1年を費やしました。パートナー企業のサポートもあったそうで、「サステナブルに関する情報収集をする中で、社会問題や話題のトピックを扱う『IDEAS FOR GOOD』というWebマガジンを見つけました。オウンドメディアをスタートさせるにあたり、運営会社にコンタクトを取ったのです。そこから、パートナー企業になっていただき、『table source』の立ち上げ支援をしていただきました」と三谷さんは振り返ります。
「ローンチまでには紆余曲折ありました。まずは社内でワークショップを実施し、我々のビジネスが環境や社会にとって良いことなのか、改めて見直す作業からはじめました。サステナビリティへ取り組む上で、事業の中に矛盾が生じていないか、見落としてしまっていることはないのか、慎重に向き合いました」
現在の運営体制は広報部門の社員2名。新聞やSNS、海外のサイトなど、様々なメディアから情報収集を行い、記事制作しています。一部のインタビューではパートナー企業のサポートを受けていますが、今後は全てのコンテンツの内製化を目指します。
「運営する上で一番大変なことは、情報収集と記事の作成です。我々は情報発信のプロではありません。メディアとして成立させるために、コンテンツをどうやって発信していくのか、パートナー企業からノウハウを蓄積していきました」
集客チャネルは主にオーガニックで、コラムなどでは「飲食店」「サステナブル」などキーワードを意識した記事づくりもしていると言及します。
また、メディアとして公平性も意識し、「例えば、競合他社の取り組みは取り上げない、取り引きのある企業の情報を優先して発信するといった忖度をしないことで、メディアの公平性を保つことを心がけています」と、あくまでも情報の有益性のみを基準に記事を制作しています。
数値目標は、「ローンチから3年後(2024年4月)に10万セッション達成」。「パートナー企業はメディア運営の難しさをよくご存知でしたし、記事の量によっても結果は異なりますので、継続していくことも重要な指標と捉え、モチベーション維持も考慮した目標設定にしました」と長期的な計画を立てていると述べます。
「table source」の存在は営業シーンにも変化をもたらすと言い、「メーカーの営業は、物を売ることが仕事です。そのため、物の良さをアピールするところから入っていきがちですが、お客さまのサステナブルへの取り組みをヒアリングしたり、理念を共有していく。これまでと違うアプローチでコミュニケーションができると考えています。また、メディアとして情報収集していますので、会社としても新たな発見があります。これまで接点のなかった人たちと出会えることもある」とさらなる可能性を見出します。
オウンドメディアの展望:企業間マッチングなど新たなイノベーションに
三谷さんは、「『table source』のグロースが、ニッコーにとってのゴールではありません」と語気を強め、業界全体の意識向上を見据えます。
実際に「table source」から生まれたサービスもあります。取り皿のサブスクリプションサービス「sarasub」は、資源の有効活用にも繋がるアイデアです。
「我々の食器は耐久性がある半面、リピート注文が減るというジレンマがありました。飲食店としては、お皿は消耗品であり、割れたら新しいものを安く購入すればいいという考え方が主流です。これをどうにか変えられないかと思い、スタートさせたのが『sarasub』です。食器は使い続けることで表面は擦れていきますが、釉薬(ゆうやく)という表面のガラス質のコーティングをかけ直し、再焼成することで、また使えるようにリペアします」
以前から行ってきたサステナビリティ活動を「NIKKO Circular Lab」と銘打ち、「table source」の立ち上げとともにプロジェクトを開始。「table source」には詳細の活動内容が掲載されています。
▼ 「NIKKO Circular Lab」の取り組み事例(同社提供)
「サステナブルを推進する『table source』を運営する立場として、我々の活動を発信することは責務だと思っています。また、サステナビリティ活動を広く知ってもらいたいと思ってはいますが、単なるコマーシャルにはしたくない。サステナブルを知るきっかけになってほしいのです。
『sarasub』などラボでの取り組みに加え、サステナビリティに配慮した商品を紹介する『NIKKO Sustainable Selection』、サステナビリティのソリューション提案をする『NIKKO Sustainable Solution』というサービスも展開しています。ニッコーは日本サステナブル・レストラン協会にも参加していますので、同協会と連携しながら飲食店のサステナビリティを支援していきたい」
「table source」の立ち上げから約半年が経ち、「毎月、数件の問い合わせがあります。まだ大きなインパクトにはなっておりませんが、進行中の案件もあります」と手応えを語ります。
オウンドメディアという新たな試みをスタートさせたニッコー。最後に「table source」の今後について聞きました。
「コロナ禍が落ち着けばワークショップも開催したいですし、ニッコーに相談すれば何かしらの改善提案を受けられる、そんな存在に成長していきたい。『table source』を起点に、サステナブルに関して困っている企業を繋ぐ、企業間マッチングのような新たなイノベーションの場としても育んでいきたいです」
目的設定の重要性、確実なオウンドメディア運営ができる理由
オウンドメディアの立ち上げの際、「目的の設定」は最も重要な項目の一つとされています。メディアやコンテンツの方向性を決定づけるからです。
ニッコーの場合、「『table source』のグロースがゴールではない」という三谷さんの言葉の通り、「table source」は飲食業界のサステナビリティ活動の支援を標榜しています。
期待していた成果が得られずに1〜2年でオウンドメディアを停止する企業も少なくない中、ニッコーは直接的なリード獲得を狙うのではなく、長期的な計画を立てています。これは、同社にとって投資にほかなりません。
しかし、忖度なく飲食業界にとって有益な情報を発信することで、ニッコーのブランド価値向上に貢献し、「table source」を業界全体のサステナビリティ活動を繋ぐプラットフォームの起点として着実に実績を積み上げようとしています。
ニッコーでは、ローンチに至るまでに十分な準備期間を設け、ワークショップを行うなど、慎重に社内外の分析を重ねながら目的をセットしていました。このことが、確実なメディア運営の基盤になっていると言えるでしょう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
■ニッコー株式会社
https://www.nikko-company.co.jp/
1908年に創業した陶磁器メーカー。原料加工から最終工程に至るまで、石川県の自社工場で一貫して製造し、主力商品「ファインボーンチャイナ」は一流ホテル・レストラン、有名百貨店などで多数採用されている。ほか、システムバス・浄化槽・ディスポーザ生ゴミ処理システム、セラミック基板・回路基板などの製造販売も手掛ける。
■table source
https://www.table-source.jp
飲食店のサステナビリティを支援するウェブマガジン。「学ぶ」「つながる」「行動する」の3つのコンセプトの下、ニュースやコラム、インタビューに加え、サステナビリティへの取り組みなどを発信している。
■ニッコーオンラインショップ
https://www.nikko-tabletop.jp/